STORY

● それは突然のことでした

 2018年10月末、東京にいるお義母さんが脳梗塞で入院しました。半身麻痺の障害が残り、今まで当たり前にできていた日常生活が不自由になってしまいました。身体の左側が麻痺しているので口を動かして会話をするのも大変でした。11月上旬、まだ力が入らず文字を書くのも大変な筆談の折に、名古屋にいる私へメッセージをくれました。それは「無理しなくていいよと伝えておいて」という私を気遣うやさしい言葉でした。

● 自由に好きなように食べさせてあげたい

 年が明けた2019年5月、介護保健施設にいるお義母さんの所へお昼の時間にお見舞いに行きました。飲み込むのが困難なお義母さんのためにペースト状になった食事が用意されました。誤嚥防止のために配慮してくださった食事です。しかし、形のない食事はなんだか味気なく見えました。

 他の入所者が片付け始めると「もう食べ終わった?」と何気ない一言が。食事のたびに何度も言われ、「監視されているみたいで嫌だ」と、ボソッと言ったお義母さんの一言が胸を突きました。

 うつむいて黙って食事をするお義母さんの姿を見て、ゆっくり自由に好きなように食べさせてあげたいと思いました。

● 食事の時間を楽しんでもらいたい

 施設での出来事から食事の時間をどうにかしたいと考えるようになりました。以前のお義母さんは料理や食器集めが趣味だったので、家族が集まったときはお気に入りの食器と料理でもてなしてくれました。そこで、お義母さんが好きだった陶器の食器に変えて楽しんでもらおうと試しました。しかし、以前の食器を片手で使うのはちょっと使いにくそうでした。それならば、今のお義母さんの状態にあった片手でも使いやすい食器をつればいいんだと思いました。

 まずは、模型をつくりました。食器のフチは内側へ向かってカーブしていると片手でもすくいやすいかな?それから、視野欠損のため、食器の手前に残っているものに気づけずにいるので、食器自体を傾けてしまえば底が見えて、最後まで食べることができるかな?と考えました。

● 出会いとご縁

 模型はできたけど、これが食器として成り立つかどうかは分かりませんでした。模型を持って食器屋さんをウロウロしたり、福祉用具店を巡りながら食器の構造を観察していました。ある日、デパートの食器売り場で働いている友人のもとを訪ねました。高齢者用や在宅ケアなどで求められている食器などを調査しながら店内を案内してもらっていると、友人から赤津焼・伝統工芸展が催されていることを聞きました。伝統工芸士の方もいらっしゃっていると聞いたので、食器のアイディアを頂けないかと催事場へ向かいました。そこで梅村知弘先生に出会いました。

 赤津焼の食器の説明を伺ったあと、「お義母さんのために食器をつくってあげたいんです、どうしたらいいでしょうか」と模型を見せて初期案を説明しました。すると梅村先生は「傾斜はこうするといいですよ」と展示品の食器を使いながら説明してくださいました。私はこの瞬間(この機会を逃してなるものかという勢いで)、今後の構想や陶芸を習いたい旨などを必死に説明しました(笑)。

● 母との思い出が紡いだアイディア

 デパートの食器売り場で働いている友人からは、「高齢者は持ったときに重たい食器よりも軽い食器を好む」と聞きました。しかし、お義母さんは半身麻痺のため食器を持って食べることはできません。陶器のように重い方がむしろ使いやすいのではないか、と頭をよぎりました。

 数年前、お義母さんが私の住む名古屋へ遊びに来ました。「せっかく来たのだから瀬戸に行こうよ」と誘って、瀬戸物をたくさん買った思い出があります。そうだ、お義母さんと行った瀬戸の陶器で食器をつくってあげよう!と思いました。

 このように、ヤサシサノカタチ。のアイディアは「梅村先生×友人がくれたヒント×母との思い出」が重なり生まれたのです。

● カタチになる楽しさ

 こうしてお義母さんとの思い出の地、瀬戸市赤津町で食器づくりを始めることになりました。

 梅村先生の陶房で、いざ食器づくり!一定の厚みに切り出した板状の陶土を型を使って成形する「たたら成形」でつくることになりました。まずは、梅村先生が手順やポイントのお手本を見せてくれました。私の番になりいざ!見よう見まねでやって見るものの、ド素人の私。穴が開くは、土がちぎれるは、乾燥してきてカサカサになるは、の大騒ぎの果てに、ようやく試作品ができました。  

 梅村先生と私がつくった茶碗を並べてみると、なんということでしょう、同じ型でつくったはずなのに、私の茶碗の方が1.5倍大きくなってました!(驚)後でわかることですが、いじくり過ぎて土が伸びてしまっていたのです・・・。ともあれ、初めてつくった茶碗!カタチになった茶碗!感動でした!!

● 試行錯誤の繰り返し

 試作1号が焼上がり、お義母さんに試してもらうことになりました。「食器のフチはすくいやすい内側カーブになっているかな」、「食器の傾き加減はどうかな」と試行錯誤の連続です。その他、小皿や箸置き、湯のみについても試作・検討を繰り返し、改良していきました。試作・検討を繰り返すなかで気付いたことは、つくる側が良かれと思っても、使う側は良いとは思わないということです。つくり手よがりにならず、当事者に試してもらい、意見をもらうことの大切さをお義母さんから教えてもらいました。お義母さんも自分の意見(アイディア)が形になっていく楽しさを味わっていたのではないでしょうか。

● ヤサシサノカタチ。できました

 このようにして完成した食器を持って2019年12月末、帰省しました。お義母さんからもらったやさしさを、今度は私が「ヤサシサノカタチ。」にして届けます。お義母さんの笑顔、おかえりなさい。


日本の総人口に占める高齢者(65歳以上)の割合は28.4%と過去最高になりました(2019年)。

このような状況の中、病気で身体が不自由になってしまうことは誰にでも起こり得ることです。

突然の出来事に、気力や意欲を失ってしまうことでしょう。

しかし、そのような状態になっても

人間にとって生きる上で欠かせないものは「食」への意欲ではないでしょうか。

お義母さんと同じように、日々の食生活に不自由を感じている人たちにも、

食事の時間が楽しくなるように、この「ヤサシサノカタチ。」が届くことを願っています。




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